単行の悲劇!! ブレーキが効かず勝手に動き出す列車 京都丹後鉄道 【ゆっくり運転士の鉄道重大インシデント】

事故・インシデント

はじめに

2020年10月4日、京都丹後鉄道の宮津線西舞鶴駅発豊岡駅行き下り普通列車の運転士は、丹後由良駅~栗田駅間を惰行運転中「ボスン」という鈍い音が聞こえ、ブレーキを使用したが効きが通常より悪かったため非常ブレーキを使用して列車を停止させた
そして運転台の圧力計等の計器を確認したところ、元空気タンク内の圧力が0kPaであることを認め、転動防止を行おうとしたところ列車が動き出した。
運転士は保安ブレーキと車掌弁を使用したがブレーキが効かず、列車は栗田駅を通過した後再度一時的に停止したがさらに逆走し、栗田駅から豊岡駅方約206mの地点に停止した。
今回はなぜこんなことが起こってしまったのか、鉄道事故調査報告書より引用します。
それでは出発進行。 

ブレーキが急に効かなくなってしまった原因はなんなのか?

事故状況

下り第249D列車は、運転士見習いによって運転されており、指導運転士は隣に立って指導していた。
列車は丹後由良駅を定時20時58分より90秒遅れで出発した後、丹後由良駅~栗田駅間を速度68km/hで惰行運転中、運転士見習いは何かと衝突したような音を聞き、指導運転士も「ボスン」という鈍い音を聞いた。
運転士見習いは直後のカーブ制限速度65km/hまで減速するためブレーキを使用したところ、ブレーキの効きが通常よりも悪く、床下から空気が漏れる大きな音を聞いた
指導運転士が計器を確認すると、ブレーキシリンダの圧力が通常より低かったため、運転士見習いに非常ブレーキを使用するよう指示し、運転士見習いは速やかに非常ブレーキを使用した。
この時も非常ブレーキの圧力は通常より低かったが、車両はゆるゆると停車した。
運転士見習いは列車が停止後運転を指導運転士に交代し、指導運転士は元空気タンクの圧力を確認するため計器を見たところ指針が0kPaになっており、転動防止のため手歯止めを設置しようと考えた。
しかし手歯止めは進行方向に対して運転台と左右反対の床下に搭載されているため、その場所まで移動するのに運転台から降車して線路上を横断して行くか、客用扉を開扉して行くかを考えていたところ、列車が動き出した

列車が止まった場所は下り坂で…

指導運転士は直ぐさま保安ブレーキと車掌弁を使用したがブレーキ効果が無く、下り坂であったため速度が30km/hまで上昇したことから、列車無線と業務用携帯電話で運転指令に状況を伝えた。
列車はそのまま動き続け栗田駅を通過し、動き出した地点から1.6Kmの先で停止した。

1.6Km先まで勝手に走行

このとき指導運転士は列車が上り坂で停車したため今度は逆方向に動き出すと考え、運転士見習いと一緒に反対側の西舞鶴駅方運転台に移動したところ、列車はゆるゆると154m逆走して、再度停車した。
指導運転士は手ブレーキを使用した後手歯止めを設置し、再度業務用携帯電話で運転指令に状況を伝えた。

さらに今度は逆走

列車は時として、動物、人間、自動車と接触する事故が発生します。
列車が無傷や軽微な損傷が発生するだけですめば御の字ですが、時として重大な損傷が発生する時があります。
今回はなぜ急にブレーキがかからない重大な損傷が発生したのか?
事故を深掘りします。

ブレーキが効かない訳

この列車の常用ブレーキ及び保安ブレーキのシステムは図のとおりで、空気を使って列車を停止させるものである。

報告書より引用

手ブレーキについては圧縮空気ではなく、ワイヤーを引くことで推進軸の回転を止める構造のため、推進軸がつながる台車側である、列車の進行方向と反対側の運転台にのみに設置されている。
手ブレーキは停車中の車両が転動することがないよう留め置くために用いられ、走行している列車を止めるために用いることは想定されていない。

手ブレーキは助手側にある丸い奴

事故後車両の確認を行ったところ、前台車後軸のブレーキシリンダに繋がる配管が折損しており、運転士見習い及び指導運転士の口述から列車と障害物が衝突したと考えられる。
さらに配管とブレーキシリンダに動物の毛が付着していたことから、列車の右側面から前台車後軸の前方に侵入した動物と衝突し配管が折損したと考えられるが、動物の死骸等がなかったことから詳細は明らかにすることができなかった。
ブレーキシリンダーに繋がる配管が折損したことでブレーキがかからなくなったわけですが、なぜそうなったのか詳しく解説します。
この列車のブレーキ関係の配管図はこうなっています。

ブレーキ関係の配管図

運転士がブレーキをかけたとき車輪に対して制輪子を押し当て、摩擦によってブレーキをかけて電車を止める構造になっています。
そして制輪子を動かすためには空気が使用され、その空気がどこをどう通ってくるのかがポイントになります。
まずは空気圧縮機(コンプレッサー)で大気の空気から圧縮空気を作り出し、作られた圧縮空気は元空気タンクに貯められます。

空気圧縮機で圧縮空気を作り出す

皆さんも列車に乗ったときドドドドと床下から音を聞いたことはないですかね?
あれは空気圧縮機が動作している音ですね。
そして元空気タンクが所定圧力になるまで空気圧縮機は動き続け、所定圧力になれば一時的に動作を止めます。

作られた圧縮空気は元空気タンクで保管

元空気タンクに貯められた空気は配管を通り、途中二手に分かれてそれぞれ逆止弁を通って、供給空気タンクと保安空気タンクに貯められ、常用ブレーキ装置と保安ブレーキ装置にそれぞれ送られます。

元空気タンクの圧縮空気は逆止弁、空気タンクを通って常用・保安装置に送られます

それぞれの装置の前にある逆止弁は、元空気タンク→常用・保安ブレーキ装置の方向には空気が流れますが、逆方向には流れないようになっているものです。
常用ブレーキをかけたときは常用ブレーキ装置から、保安ブレーキをかけたときは保安ブレーキ装置から空気が通り、今度は四手に別れてその車両にある4つのブレーキシリンダーに空気が供給され、ブレーキがかかるようになっています。

それぞれの装置からブレーキシリンダーに圧縮空気が送られブレーキがかかります

列車のブレーキ装置は万が一があった場合にも動作させるといった考え方で設計されています。
ではトラブルが発生したと仮定しましょう。

トラブルを仮定

ケース1、常用ブレーキ装置が故障

常用ブレーキ装置が使えなくなると?


常用ブレーキ装置が故障してそれから先に空気が送れないとなった場合は、保安ブレーキ装置から空気を送って電車を止めることが出来ます。

保安ブレーキ装置から圧縮空気を送ってブレーキをかけます

ケース2、空気圧縮機の故障

空気圧縮機が作れなくなると?

空気圧縮機が故障して新しい空気を送れなかった場合、いずれ空気が無くなります。
そうなればブレーキが一切かからなくなりますが、空気圧縮機で作られた空気は一時的に元空気タンクに貯められています。
新しい空気が作られなかったとしても、この空気タンクに溜まっている空気で暫くは列車にブレーキをかけることができ、列車を止めることが出来ます。

元空気タンクに残っている圧縮空気でブレーキをかけます

ケース3、配管の破損

配管が破損すると?

配管が破損した場合、そこから空気が漏れてしまいます。
多少の破損なら空気の漏れる量が少なく列車の運転に支障ない場合がありますが、真っ二つに折れた場合など大量の空気が漏れる場合には、空気圧縮機でいくら新しい空気を作っても漏れる量の方が上回ってしまう場合があります。
では元空気タンクの先で配管が破損したとしましょう。
そこからは大量の空気が漏れ、配管の中、元空気タンクの空気は全て無くなります。
ではそこから先の空気ですが、ここに逆止弁が付いています。
逆止弁は元空気タンクからブレーキ装置方向には空気が流れますが逆方向には流れないので、ここから先にある空気は配管が折れたところから漏れることはありません。
とは言っても新しい空気は来ないので、ブレーキをかけるたび供給空気タンクに残っている空気は減っていきいずれブレーキがかからなくなってしまいます。
その前に列車を止めれば事故を防ぐことができます。

供給空気タンクに残っている圧縮空気でブレーキをかけます

ケース4、配管の破損2

別の配管が破損すると?

では次に常用ブレーキ装置付近の配管が破損したとしましょう。
ここで配管が破損するとさっきは残っていた供給空気タンクの空気が無くなり、列車を止めるために普段使う常用ブレーキを一切かけることが出来ません。
でもご安心下さい。
ブレーキにはもう1系統あり、それが保安ブレーキです。
逆止弁の手前で2方向に分かれているので、常用ブレーキ装置付近から空気が漏れたとしても、保安空気タンクには空気が残っており保安ブレーキをかけることができます。
とは言っても、常用ブレーキ装置付近で配管が破損しており、空気圧縮機で作った空気はそこで全て漏れてしまっているので、保安空気タンクに新しい空気を供給出来ないので、1回列車を止めたらそれで終わりです。

保安空気タンクの残っている空気で保安ブレーキをかけます

とまぁ列車の構造上、空気が無くなったとしても列車を止められるように設計されていますが、今回の場合は列車を止めることが出来ませんでした。
というのも今回の破損箇所はブレーキシリンダーに近い所で、ここが破損すると常用ブレーキ装置から空気を送っても、保安ブレーキ装置から空気を送ってもブレーキシリンダーに空気が込められず列車を止めることが出来ません。

ブレーキシリンダー付近の配管が破損するとブレーキをかけられない…

今回の事故は唯一のウィークポイントによって発生したものになります。
ちなみに非常ブレーキで1回列車が止まれたのは、台車につながる配管に絞りがあって漏気の時間が稼げたからだと考えられますが、その位置が下り勾配であったので常用ブレーキ及び保安ブレーキが機能しなくなってしまって、全ての制輪子が緩解した後に逸走したと考えられるとのことです。
まぁ本当は、運転士が転動防止のために手歯止めをするまでブレーキが緩まなかったら良かったんですけど、手歯止めをしようと運転士が線路に降りた瞬間に無人で動き出したことを考えると最悪の事態は避けられたのかなぁと思います。
では最後にどの様な対策が取られたのか確認しましょう。

再発防止策

同種構造の車両全16両について、ブレーキシリンダにつながる配管を台車枠に固定し、動物と衝突しても配管が容易に折損しない対策を実施し、必要に応じてブレーキシリンダにつながる配管の経路変更を実施する。
「異常時に遭遇した場合の基本手順」を改訂し、ブレーキが作用しないときの取扱いについて明確にし、手ブレーキを使用することについて記載した。
沿線自治体に対して動物の捕獲活動の要望を行い、沿線自治体は所管の猟友会に依頼して鉄道沿線で衝突記録が多い箇所での捕獲を開始した。
この事故の話しを聞いて、自分が乗っている列車でも同種の事故が発生するのではと不安に思われる方もいるかもしれません。
でもご安心ください、2両編成以上の列車だとブレーキ機構は1両目、2両目でそれぞれ独立しているので、仮に1両目のブレーキが効かなくなったとしても2両目はブレーキをかけることは出来ます。
なので勝手に走り出してブレーキが効かないみたいな事故は起こりませんが、今回は1両編成の列車だったのでそのバックアップがありませんでした。
列車がブレーキをかけるためには圧縮空気が必要不可欠であり、その圧縮空気が無くなったときの運転士の恐怖は計り知れません。
普段はなんともない動物との接触ですが、あたり所が悪ければ最悪の事態になることを勉強できました。

2両以上なら事故は防げました…

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