ATSがあったのに… 富士山麓電気鉄道列車衝突事故【ゆっくり鉄道事故】

事故・インシデント

はじめに

ATSがあるから電車は安全だ。
皆さんはそう思われていませんか?
でも残念ながら機械は完璧ではありません。
ATSがあったとしても列車衝突事故は発生します。
なぜ発生してしまうのか?
鉄道事故調査報告書より解説します。
それでは出発進行。

ATSがあれば安全?

事故状況


富士山麓電気鉄道株式会社の上り回送第562列車は、谷村町駅を定刻23時28分に出発した。
富士急行株式会社の上り回送第562列車は、谷村町駅を定刻23時28分に出発した。
運転士は列車を順調に運転し、都留市駅の手前に差し掛かったころ、車内の点検を終えた車掌が運転室に入ってきて、右側に立っていた。
列車は進行し、運転士は大月駅2番線の場内信号機の停止信号現示を認め、その手前に停止した。
運転士は、担当する列車を大月駅2番線に留置してある車両の約1メートル手前にある留置用停止位置目標に停止させる予定だったため、場内信号機に併設されている誘導信号機に2番線への誘導信号が現示されるのを待った。
約20秒後に誘導信号機が2番線への誘導信号を現示したため、運転士は列車を起動して大月駅構内に進入した。

場内信号機で停止→誘導信号の現示で大月駅構内に進入


運転士は、誘導信号機を超えたあとは、誘導信号の現示による場合の制限速度である15km/hまで加速し進行した。
曲線を曲がり終えた付近で、前方の留置車両が見えたので列車を減速させ、11号分岐器付近で速度計を確認すると速度は10km/hだった。
そのまま列車は減速し、列車の先頭がプラットホーム端を7~8m過ぎた所で運転士はブレーキを緩めて惰行運転とした。
このときにも速度計を見ると速度は7~8km/hであった。
運転士はプラットホーム端で減速した後の惰行運転中、気を緩めてしまいいつもブレーキを使用する位置から遅れ、留置車両の約7m手前で常用ブレーキを使用した。
この瞬間運転士は、このままでは留置車両までに止まれないと感じ気が動転し、常用ブレーキの制動力を高めるだけの操作を行ってしまい、すぐに非常ブレーキを使用しなかった。
列車は更に進行し、留置車両から約4m手前の位置で横にいる車掌が「非常、非常」と叫ぶのとほぼ同時に運転士はこのままでは留置車両までに止まれないと感じ、非常ブレーキを使用したが間に合わずそのまま衝突した。
運転士は事故後、運転室から降りて留置車両を確認したところ、車両が転動しないよう車輪に取り付けられていたハンドスコッチに車輪が少し乗り上がっていた。
さらに運転士は自身の担当列車と留置車両が衝突した部位の損傷状況を確認しようと思ったが、衝突部分が接近しており、確認できなかった。
そのためやむを得ず担当列車を約1m後退させて確認したところ、担当列車と留置車両とも連結器が損傷していた。
その後運転士は、乗務員区に携帯電話で事故の発生と列車の損傷状況を報告した。

ブレーキを使用したが間に合わず衝突


事故考察


よくある列車衝突事故の要因として、信号を守らなかった速度超過をしていたなどが考えられますが、今回はそのどちらのルールもきちんと守られていました。
列車を運転する上では、先行列車と衝突事故を起こさないために様々な保安装置で、運転士が万が一不適切な行動をしたとしても事故が起こらない様になっています。
ところがその保安装置も万能なものではありません
本来鉄道の閉そくと言う考え方では、1つの閉そくの中に1本の列車のみを運転することで列車間の安全を担保していますが、今回のように夜間列車を縦列停車させたり、列車を連結させたりする場合など、1つの閉そくの中に複数の列車が存在することがよくあります。
その場合、保安装置では列車の安全は確保できず、運転士の腕1つになります。
それでは事故内容を分析しましょう。

1つの閉そくには列車は1本まで
でも場合によっては2本以上運転することも…


事故分析


まずはどのような運転をしないといけなかったのか?会社の規定を確認します。
誘導信号機により留置車両の手前に列車を留置する場合の主要な取扱いについては、運転取扱実施基準及び乗務員区長からの指示文書により、次のように定められていました。
(1) 運転取扱実施基準
第125条 列車は、誘導信号機の現示箇所を越えて進行するときは、毎時15km以下としなければならない。
第257条 列車は、誘導信号の現示のあるときは、進路に列車又は車両のあることを予期して毎時15km以下の速度でその現示箇所を越えて進行するものとする。
(2) 乗務員区長からの指示文書
3.取扱
(1)大月場内信号機外方50m手前で停止
(2)指令の操作により2番線に誘導信号現示
(3)制限速度15キロ以下で進入
(4)停止位置目標に停止し、パンタ降下、所定留置処理
(5)留置処置後、軌道回路を冒していないことを確認するため最後部確認
なお、これらの取扱いでは、留置用停止位置目標の手前で一旦停止することは定められていなかった。
会社の規定的には運転士には落ち度はなさそうです。

次に現場付近にどのような保安装置があったのか確認します。
事故現場付近には、線路終端部へ列車が衝突することを防止する目的で、設定速度を超えると自動的に列車のブレーキを作動させる自動列車停止装置ATSが設備されており、この装置の設定速度15km/hの地上子が衝突位置の24m手前に設置され、直近の定期検査等では異常は見られなかった。
また、自動列車停止装置の機能を解除する運転室内のダイヤルスイッチは、自動列車停止装置が作動する位置にあった。
留置車両の24m地点の保安装置でATSが動作していない為、列車の速度は15km/h未満であるのは確実で、運転士が最後に速度計を確認した時が速度10km/hであったことも整合性が取れますね。

それでは最後に列車のブレーキに問題がなかったのか確認します。
列車のブレーキ装置の状態を確認するため、事故時の状態で保全してあった列車の車両を使用して、運転士が最後に速度計を確認した速度10km/h から、非常ブレーキ及び常用最大ブレーキで停止するまでの距離を測定試験した。
なお、事故時の天気は雨であったことから、水を散布しレールが濡れた状態で試験した。
試験の結果、非常ブレーキの場合は約6m常用最大ブレーキの場合は約7mで停止した。
いずれのブレーキによっても、列車の速度10km/hにおける所定のブレーキ距離、非常ブレーキの場合約7m、常用最大ブレーキの場合約8m内で停止しており、異常は見られなかった。

ブレーキにも特段の異常が認められず、事故調査委員会からは次の指摘がありました。
推定衝突位置の約24m手前の位置において、仮に速度が15km/hであったとしても、列車の所定のブレーキ距離からすると、適切にブレーキを使用していれば、留置車両の手前までに停止することは十分可能であったと推定され、列車が留置車両に衝突したのは、運転士がブレーキを使用するのが遅れたためと推定され、運転士がブレーキを使用するのが遅れたのは、漫然と運転していたと考えられる。
この事故のように留置してある車両に接近して列車を留置するような場合には、その運転を行う者は留置する列車の速度及び留置用停止位置目標までの距離に万全の注意を払い運転する必要があることは言うまでもないが、早めに十分な減速が行われるよう、留置用停止位置目標の手前で一旦停止する運転取扱いとする必要があると考えられる。
また、ブレーキの適切な使用を誤った場合を考慮して、先に留置した車両とうしろに留置する車両の停止位置までの距離をできるだけ長くすることが有効であると考えられる。
なお、慣れから生じる気の緩みを防止するには、関係する運転士に対し、点呼において注意を喚起する等、安全意識を高めるよう適宜促すことが望まれる。

この事故を受けて


列車を縦列停車させるのは車庫でよくある取扱方になります。
車庫内で列車を移動させる場合、本線を走行する場合と違い、10~20km/h程度の低速で運転することになります。
直ぐに列車が止まる速度であり、そして夜間に車庫内に列車を入れる場合、もう勤務が終わるという安堵感から運転に油断が生じがちです。
しかしながら、車庫線など低速で走らせる場所には保安装置で安全が完全に担保できていない箇所があります。
普段以上に気を付けないといけない箇所で油断してしまって発生してしまった今回の事故。
たまたま回送列車でお客さんが乗っていませんでしたが、営業列車なら車内のお客さんが衝突の衝撃で転倒することが十分に考えられます。
そうなればそこで発生しているのは鉄道人身事故。
運転士の過失で発生したとなれば重い処分がくだる恐れがあります。
列車を運転する時には油断するタイミングは無いんだと勉強させられる事故でした。

縦列停車はご注意を

裏話

車庫線とかで電車を縦列停車させるときは一旦手前で電車を止めてから、再起動して接近させて止めるって取扱いがあるんですよね。
なんでわざわざ手前で止めてからもっかい電車動かさなあかんねん。
最初からギリギリで止めたらええやんって思ってましたけど、こういう事故を無くすためなんですね…
まぁ確かに止めようと思っていても過走したりして、その位置を超えてしまうことはあるので、それで衝突事故を防ぐために一旦手前で止めることは大事な取扱いですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました