はじめに
2010年3月15日、大阪市交通局長堀鶴見緑地線の大正駅発門真南駅行きB0504列車が京橋駅を発車の際、ATCに不具合が発生。
電車はATCを解除して手動運転により発車し、終点の門真南駅に到着の際別の電車が停車しているホームに進入、運転士は慌ててブレーキを取り間一髪列車衝突事故を防ぐことが出来ました。
今回はなぜこんなトラブルが発生したのか?
鉄道事故調査報告書より解説します。
それでは出発進行。
事故状況
2010年3月15日、大阪市交通局長堀鶴見緑地線の大正駅発門真南駅行きB0504列車には、見習い運転士とその指導を行う指導運転士が乗務していた。
見習い運転士は約4年間この路線での乗務経験があったが、病気により休職を余儀なくされておりこの日は復帰後3日目の乗務研修の日であった。
電車は京橋駅に到着。
見習い運転士は旅客の乗降扱いをして、ATOの出発ボタンを押して出発した。
すると電車が起動した直後、ATCにより作動する常用ブレーキが作動して、約17m進行した地点に停止した。
その後、見習い運転士は非常ブレーキを使用して、異常を確認するため運転室のモニターを確認したところ、ATO運転情報の常用ブレーキの項目に「NG」という表示が出ていた為運転指令に連絡した。
運転指令員は見習い運転士より「京橋駅出発時にATC常用ブレーキ「NG」が点灯して、停車後非常ブレーキを入れた」との報告を受け、非常ブレーキの緩解を指示した。
見習い運転士は運転指令から非常ブレーキの緩解の指示を受け、非常ブレーキ緩解操作を行ったところ、非常ブレーキは緩解したが、常用ブレーキ7ノッチからニュートラルまでのブレーキは緩解しなかったので、その旨を運転指令に連絡した。
運転指令員は見習い運転士から「非常ブレーキは緩解しましたが、常用ブレーキが緩解しません。非常ユルメは消灯しましたが、常用ブレーキ「NG」がついたままです」という報告があったので、後ほど指示しますと伝え、一旦無線を切った。
そしてすぐに仮眠中の他の指令員を起こすとほぼ同時に、運転指令員に車両の技術的アドバイスを行う車両指令から「ATCを解除してください」という連絡があった。
運転指令員は車両指令も車両故障と判断したと思い、見習い運転士に対して「ATCを解除してください」という指示を出した。
また起床した他の指令員2名に対して、1人には故障電車を車庫に入れ、代わりの電車が運転するダイヤを作成することを、もう1人には乗務員の手配と門真南駅で電車を振り替える旨を各所に連絡するよう指示をした。
見習い運転士は運転指令からの指示通りにATCを解除した、この時本来なら解除前と同様に車内信号機に速度信号が表示されるが、車内信号機にはN信号が現示された。
見習い運転士は再度運転指令にN信号現示についてどうしたらいいか聞いたところ、手動で起動できれば出発するようにとの指示を受けたので、そのまま出発した。
電車が横堤駅に到着した際、出発を抑止する旨の無線が運転指令から入り、出発指示合図灯の点灯を確認して出発するよう指示を受けた。
ほどなくして出発指示合図灯が点灯したので、見習い運転士は扉を操作して横堤駅を出発した。
電車は鶴見緑地駅に到着。
この時、運転指令員は電気指令から「不正短絡警報が出ているが、そちらには出ていないか」と電話で聞かれた。
運転指令員は隣でダイヤ作成中の指令員に確認したところ、「ありません」と返答され、電気指令にはATC関係の故障で、横堤駅と鶴見緑地駅の間の列番の表示部に列番が残っているのが原因で不正短絡警報が出たのではないかと連絡し一旦電話を切った。
鶴見緑地駅では見習い運転士が出発指示合図灯を見て電車を発車させた。
電車が門真南駅に近づいた頃、見習い運転士はもし1番線に振替電車が入っていたら、上り勾配を上り切ったところで見えると思い運転していたが、それが見えなかったので振替電車は2番線に止まっていると認識し、自分が運転する電車は1番線の方に入るものと思って運転すると共に、指導運転士も同様のことを思っていた。
ところが門真南駅手前のポイントを過ぎた所で電車は2番線側に行き、見習い運転士は「あれ」と思いすぐに非常ブレーキを使用し、指導運転士も異常に気付き「あかん」と叫んだ。
その頃運転指令では運転指令員がダイヤ作成中の指令員に対して、横堤駅と鶴見緑地駅の間の列番表示部に残った列番を消させた。
このとき故障電車が列車番号を持っておらず、この電車は門真南駅の1番線に到着し、折返して車庫に入るため、門真南駅の1番線の列番の表示部に鶴見緑地駅への入庫ダイヤの列番を入力するようにダイヤ作成中の指令員に指示した。
運転指令員が門真南1番線窓に列番が点灯したのを確認したとき、ダイヤ作成中の指令員が「あっ」という声を出したので、すぐに集中表示盤を見ると故障電車が振替電車のいる2番線の方に入りかけていたので、無線ですぐ停止を指示した。
この時電車が停車した位置は、ポイントの渡り線の真ん中辺りでちょうど無線は受信できるが送信は通じないところだった。
その為、指導運転士が電車を降りて2番線の振替電車の所まで行き、運転指令に2番線進入時に非常ブレーキを使用して停止したことを連絡した。
運転指令員は指導運転士からの連絡を受け、見習い運転士にレバーサーを後位置にして後退するよう指示すると共に、抑止ボタンを用いて後続電車を横堤駅で抑止させた。
運転指令員と指導運転士の交信を聞いていた見習い運転士は、運転指令からレバーサーを後位置に入れて後退するように言われたので、その指示に従って運転室を変えずに電車を後進させた。
見習い運転士は電車を後退させ、第2場内標識を越えたところで停車して運転指令に無線をしたところ、もう少し後退するように言われたので第1場内標識を越えたところまで後退させた。
電車が後退したことを確認した運転指令員は、1番線に入るルートのてこの操作をして故障電車に1番線に進入するよう指示すると共に、横堤駅の後続電車には抑止ボタンを解除して出発を指示した。
そして見習い運転士は故障電車を1番線ホームに進入させた。
見逃されたトラブル
この一件、要約すると京橋駅でATCの故障によりATCを解除。
そしてなぜかN信号を受信するもそのまま運転再開。
終点の門真南駅で別電車がいる線路に進入するも、運転士が気付き衝突事故は防がれたとなります。
しかしながらここにはもう1つ隠されたトラブルがありました。
というのも電車が鶴見緑地駅に到着する手前で転てつ器を通過しましたが、実は正しい方向に転換しておらず転てつ器を割り出しており脱線事故の可能性がありました。
さらにそのことに誰も気付かず後続電車もこの転てつ器を通過するトラブルが発生していました。
それでは事故を深掘りしましょう。
事故分析
今回のトラブルの発端はATC車上子の故障により常用ブレーキの不緩解が発生したことでした。
長堀鶴見緑地線において前年1月からトラブル発生の同日までATC車上子の故障によるトラブルは10件発生していましたが、ブレーキが不緩解になるような事態はありませんでした。
ATC車上子が故障した場合、ATCを解除して運転します。
ATCには平時に使用する1系と、ATCを解除した場合に使用する2系の別々の2つのシステムによって成り立っています。
長堀鶴見緑地線は平時、ATCの速度制限によりATOによる自動運転が行われています。
ATCを解除した場合、1系から2系に自動的に切り替わり車内信号のみ表示され、ATCによるブレーキ制御はされず手動による運転を行うことになります。
参考として、車内信号とは運転士に対して電車を運転する際の速度の上限を、運転席の速度計に指し示す方式のことを言います。
一般的に電車を運転する場合、運転士は線路の横に設置された信号機を確認しながら運転しています。
この信号機を電車内に設置したものを車内信号と思って貰えれば大丈夫です。
さてこの車内信号ですが、ATCを解除したところN現示を表示していました。
このN現示とは信号を受けておらず、車内信号が機能していない状態となっていました。
不具合があった1系から2系にATCを切り替えたにも関わらずなぜこんな事態になったのか、実は2系の電源回路に使用されるコンデンサが経年劣化により正常な信号を出力できない状態となっていました。
この状態では通常の車内信号を用いて電車間の安全を担保することは出来ません。
なので他の手段で電車間の安全を担保する必要があり、大阪市営地下鉄の規定では指令式という閉そく方式を施行する必要がありました。
この指令式というのは運転指令が次駅までの閉そくを承認し、指令式の施行を一斉に伝え、ポイントのある駅ではルートの確保と手信号代用器による現示の確認、列車に対しては場内信号の手前で停止させてから、手信号代用器の現示を確認し進入させるという指示をしなければなりません。
運転士は指令式の施行を指示された場合、手信号代用器を確認し40Km/h以下の速度で運転する必要があります。
さらに規定では異例時の運転において転てつ器の開通方向を確認する必要がある旨の記載がありました。
この様に指令式を施行する場合、運転指令・運転士それぞれが必要な手続きを行わないといけませんでしたが、前述の必要な手順が何一つ行われていませんでした。
運転指令は電車が遅れる、また振替の電車を早く手配しないといけないというプレッシャーにより閉そく方式の変更に頭が回らなかった。
また運転士も、必要な指示があれば運転指令が言ってくるであろうといった他力本願的な思考回路が事故に繋がる一因になりました。
そうして電車の運転に必要な安全上の処置を行わないまま、電車は門真南駅を目指して京橋駅を発車しました。
鶴見緑地駅の手前には車庫から合流する線路があります。
その為ここには手信号代用器が設置されています。
本来は車内信号を使って電車を運転しているので、この信号は使用されるものではありませんが、代用閉そく方式を施行する場合はその限りではありません。
電車はこの手信号代用器の手前で一旦停止。
運転指令が電車が進む予定の進路にある転てつ器が正しい方向に転換していること、そして進路上に他の電車がいないことを確認して手信号代用器に進行を指示する信号を現示させます。
そして運転士はその信号を確認してそこから先の区間に進入し、転てつ器が近づいたときはその転てつ器が正しい方向に向いていることを確認しながら運転する必要があります。
これらのことをしなかった結果、車庫から本線に合流する地点にある転てつ器を損傷させる事態が発生しました。
というのもこの転てつ器は直前に車庫からの振替電車を出庫したため、車庫側に向いていました。
転てつ器は電車が接近すれば自動的にその電車が進む方向に転換するような制御になっています。
なので今回のように故障電車が信号を無視してやってきたとしても、転てつ器は正当方向に転換し転てつ器を割り出すようなことは無いのですが、実は運転指令で自動の進路制御を止める手配をしていました。
そのため電車が接近しても自動的に転てつ器が転換していない事態が発生していました。
何のためにこんなことをしたのかと疑問に思われるかも知れません。
自動進路制御だと先述の通り電車が接近すると登録されているダイヤ通りに電車の進路を構築します。
ただダイヤ乱れが発生したときなど一時的に電車の順番を変えたいときがあります。
例えば本線の電車の前に車庫からの電車を走らせたいと思っても、本線の電車が先に鶴見緑地駅に近づくと勝手に駅に到着するように進路を構築し、車庫からの電車があとになってしまう事態が発生します。
なので本線の電車の進路制御を止めておき、車庫からの電車の接近が遅くても進路を先に構築するようにし、その後本線の進路制御を元に戻すと車庫→本線の順番に電車を走らせることが出来ます。
さて今回の場合も車庫からの電車を先に行かせたいがため、本線の進路制御は止められていました。
で、車庫からの振替電車が出発しましたが、運転指令は本線の進路制御を元に戻すのを忘れていました。
そんな中、故障電車が接近。
本来であれば故障電車が鶴見緑地駅に到着できるように転てつ器が転換するのですが、進路制御を止められていたので転てつ器は転換しませんでした。
ちなみにこの本線の進路制御を止めたのは運転指令の誰がやったのか分からないと結論づけられています。
車内信号方式で運転していれば、電車に停止の信号が現示されるので転てつ器の手前で電車は止まっているわけですが、今回は異例時の運転。
で、先述しているとおり使用しないといけない手信号代用器を使用せずに走っているので、信号を無視してこの転てつ器を通過することになります。
そして故障電車が転てつ器を通過したことにより、転てつ器のトングレールに損傷が生じたわけですが、この時運転指令では不正短絡警報が鳴り響いていました。
不正短絡警報が鳴る原因としては、電車の通過に連続性がない場合や転てつ器が正規の方向に開通していない状態で列車が通過したことを知らせるものであり、この警報が鳴った場合すぐに電車を止めて確認する必要がありますが、運転指令はその判断が出来ず、電力指令からの問い合わせも無駄になってしまいました。
そして運転指令ではさらにシフト元に列番なし警報が鳴り響きます。
このシフト元に列番なし警報ですが、運転指令の前には集中表示盤なるものがあります。
これは路線のどこに電車が走っているのかを表示するものであり、列車番号を表示する部分に数字が表示されるとそこに電車がいることが分かるものです。
故障電車が鶴見緑地駅に到着した際、本来は鶴見緑地駅の駅を示す部分に故障電車の列車番号が表示されますが、先述した通り進路制御を止める取扱いをしていたため故障電車が鶴見緑地駅に到着したにも関わらず、集中表示盤にはそれが反映されず故障電車が鶴見緑地駅の手前にいると表示された状態となっており、列車番号を持たない謎列車が鶴見緑地駅にいてるぞと警報が鳴り響く結果になりました。
この謎列車が実際は故障電車だった訳ですが、集中表示盤上で列車番号が無くなったまま鶴見緑地駅を出発することになります。
で、列車番号を持たない電車が走った場合、本来行われる自動進路制御が行われないことになります。
運転指令は故障電車を門真南駅の1番線に入れるようダイヤ登録を行いましたが、列車番号を持たない故障電車が門真南駅に近づいても転てつ器の制御が行われず、直前に走った振替電車が到着した2番線の方向に向いたまま転てつ器が固定されており、列車衝突寸前になりました。
ちなみにこの後故障電車が指令の指示で後退して鶴見緑地駅の1番線に入れましたが、後退するに当たって後続電車に対する防護の手配は行われておらず、後続電車が接近していれば別の列車衝突事故が起こっていた可能性があったことを書き添えておきます。
さてここまでが今回のインシデントの概要です。
運転指令が必要な措置を何もしなかった、かつ運転士も分かっていなかったのが原因ですが、運転指令には3人の指令者が、故障電車には指導運転士と便乗者を合わせて3人の運転士が乗っていたのにも関わらず誰も正しい取り扱いが分かっていませんでした。
再発防止対策
では最後に再発防止策について抜粋して紹介します。
運転取扱いの変更
車内信号機が正常に表示しない場合、及びATC解除時は、営業運転を打ち切り回送入庫する
ATC解除運転や代用閉そく方式の施行中は、「ATC解除運転実施中」、「代用閉そく方式施行中」の表示プレートを運転指令卓に設置する
速度超過への注意喚起
ATC解除運転時に運転指令員から運転士への走行速度の指示を徹底する
運転士が携帯する仕業表にATC解除時の減速速度等を記入する
マニュアルの見直し
輸送指令所における異常時取り扱いの処置マニュアルの見直し
訓練の充実
全乗務員、指令員を対象として、ATC解除や手信号代用器を使用した異常時運転訓練の実施をする
車両関係対策
ATC解除スイッチを「解除」操作した場合に「解除ブザー」の鳴動を追加する
ATC解除時に力行ノッチを速度40km/hで制限する
異例時の運転はそうそうあるものではありません。
こんな事象が発生するなんて何年かに1回程度しかありません。
しかも自分自身がその事象の当該になるなんて一生に1度かも知れません。
そうそう起こることがないとは言え、絶対に起こらないとは限りません。
日頃から異例時に対する感度を高めておく必要がありますね。
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